野菜人・果物人
野菜人・果物人第100回後編 井口良男さん(井口農園 園主)

第100回後編 井口良男さん(井口農園 園主)

農業一筋10代目 ― 都市農業の過去・現在、そして未来

●都市農業の変化(1) ― 気候の変化への対応


井口農園園主・井口良男さん


ご職業 井口農園園主
座右の銘 一生懸命

東京都練馬区で先祖代々農業を営む井口家。良男さんは10代目の園主です。幼い頃から両親・祖父母が畑で働く姿を見てきた良男さんですが、同時に、周囲の宅地化・都市化が進む中での農業の変化も見続けてきました。
作業面での変化としては、
「機械化が進み作業効率が上がった点は、やりやすくなった点。反対に苦労が伴うもののひとつは気候の変化への対応です。」
という井口さん。

「暖冬もそうですが、夏場の気温上昇。感覚的には平均温度が2度くらい上がっているんじゃないかな?例えば植えたキャベツが根付いて成長する前に枯れてしまうこともあるので植え付け時期を遅らせるなどの対応が必要になります。」

と、自然を相手にする農業ならではの、変化を挙げます。

●都市農業の変化(2) ― 仲間や規模の縮小


キャベツ搬送

キャベツの箱


 自然環境の変化も長年農業を続ける中で感じる変化のひとつですが、それ以上に強く痛感し、不安が募るのは『仲間の減少』です。

「私が農業を継いだ36年前にはこの石神井地区には100人ほどの仲間がいましたが、今では3分の1ほどに減りました。町内でいうと8軒あった農家が今では3軒です。」

と仲間の減少は明らか。

「急激に宅地化・都市化が進む中、『もう東京には農地はいらない』と言われた時期もありました。この状況はもちろん東京だけではありません。だから、町内・区内だけでなく、近県で都市農業をがんばっている方たちとはできるだけ交流を持つように努めています。」

と減りゆく仲間たちとのつながりや、ともに頑張っていこうという思いを大切にしています。そして、併せて深刻なのは『規模の縮小』です。

「例え後継者がいても、代を重ねるごとに耕作地が減り、大量出荷ができなくなった農家もあります。庭先や直売所で売れる野菜はわずかな量なので、市場への大量出荷ができなくなると、とても食べていけない、継続が難しいというのが現状です」

と、農家1戸あたりの出荷量の低下も、現代の都市農業が抱える問題となっているようです。


●都市農家としてすべきこと・できること


畑の周辺は宅地化が進む

 時代とともに変わる環境。その変化の中で、都市農家の役割も変わってきたようです。例えば『近隣との共生』。「日常的な砂ほこりなどの他、特に農薬散布に際してはご近所に声をかけます」など、日ごろの配慮が共生のためには欠かせません。また、「できることには限界がありますが」と控えめながらも、区民の農業体験への畑開放や講師活動などにも協力しています。

そしてもうひとつ、より重要な役割と考えているのが、『災害時の避難場所の提供』です。

「都市部で少なくなっている広い敷地は、緑地維持への貢献とともに、災害時の避難場として人を迎え入れる場所となることができます。ビニールハウスやパイプハウスといった施設も、雨風をしのげる場所になります。」

と、農地の維持は家業を継承するだけでなく、同時に地域への貢献ができるのではと考えています。きっかけは昨年の東北の震災や、新潟中越地震で甚大な被害を受けた山古志村への訪問。これらを通じ、避難場所としての都市部の農地の意義を強く感じたと言います。

●一生懸命農業に取り組むという、強い思い

「一生懸命」。井口さんに座右の銘を伺ったときに出た言葉ですが、取材中井口さんは「一生懸命」と何度も口にされました。
「一生懸命、農業をすること。これこそが自分の生き様であり生きる証だと思います」
という井口さんの言葉やお話には、農業に注ぐ熱い思いとともに都市農業を続けるという強い責任感を感じます。
 36年前、「先祖が代々続けてきた農業を守り・続けるのは、ごく自然の選択だった」と引き継いだ農業。そして井口農園の、都市農業の未来へ。幾多の変化を見続けた井口さんの思いは次代へも引き継がれていくことでしょう。



文:野菜ソムリエ 原神千枝
写真撮影:原神千枝