野菜人・果物人
野菜人・果物人第100回前編 井口良男さん(井口農園 園主)

第100回前編 井口良男さん(井口農園 園主)

東京の農地と野菜を次代に受け継ぐ

●先祖代々受け継がれた畑を守る10代目


井口農園園主・井口良男さん

ご職業 井口農園園主
座右の銘 一生懸命

 東京都練馬区。大小さまざまな商業施設と買い物客で連日賑わう武蔵野市・吉祥寺からバスで15分ほど走った区市境のすぐそばに、今回の取材先「井口農園」があります。現在の園主・井口良男さんはこの脈々と受け継がれた畑を守る10代目。幼い頃から畑に育ち、祖父母・両親の働く姿を、そして、周囲の都市化とともに変わっていく農業を見続けてきました。

 現在は、奥様・次代を受け継ぐ息子さんとともに、キャベツを中心にダイコン・サトイモ・ミズナ・白菜・ネギなど季節に応じた野菜を栽培・出荷しています。

●畑とともに守り受け継ぐ伝統野菜


千川上水が流れるのどかな場所にある井口農園

井口さんの敷地にある林は練馬区の文化財に指定されている

練馬大根。きめが細かく水っぽくないので漬物に適している

 井口さんのお宅では、キャベツなどの主要野菜の他、練馬大根・東京うどといった伝統野菜も栽培しています。

「練馬大根というのはたくあん大根で、練馬で作られていたので練馬大根といいます。とにかく長いため引き抜くのが大変で労力を要する野菜。加えて戦前に比べたくあん大根の需要が低下していることもあり、生産は父の代まででした。」

と言うように、練馬大根は、良男さんの代では数年前までは栽培していなかった野菜でした。復活のきっかけは、練馬区主催のイベント「大根引っこ抜き大会」。3年前にその会場として練馬大根の栽培協力の要請を受けたことでした。当初は区の要請によるものでしたが、作っていくうちに

「うどと一緒で、先祖が代々受け継いできたものを絶やしてはいけないという思いが沸き、練馬大根から離れられなくなりました。」

と、伝統野菜・練馬大根が井口農園に戻ってきました。

 もうひとつの伝統野菜は、東京うど。地中深く掘って作る室と一風異なり、井口さんの栽培方法は「土伏せ(どふせ)」という伝統的な方法で、1mあるかないかくらいの比較的浅い穴の中で、うどに土をかぶせて育てます。腰をかがめての作業は楽ではありません。
真っ白に仕上げるため日光を遮断したり、地下の温度を一定に保つため電熱線を敷いたりと、手間をかけて育てられるうど。

「伝統野菜ともてはやされていますが、都内のうど農家は減少しています。『ずっと作ってきたから、やるしかないから作り続ける』という気持ちでみんながんばっていますよ」

と、井口さんの一言一言から、継続すること・守ることの大変さが伝わってきます。

●練馬区はキャベツの大生産地


丸々育ったキャベツで埋め尽くされた井口農園の畑


 井口農園の主要作物はキャベツ。

「早生・中手・奥手と栽培時期をずらして、できるだけ1年中栽培・出荷できるようにしています」

と、畑の大半がキャベツで埋め尽くされています。キャベツ栽培を始めてから約30年、年間で約150トンものキャベツを市場に出荷しているほか、学校給食にも提供しています。

練馬大根の需要低下に代わり、練馬区の主要農産物となったものがキャベツでした。現在では練馬区内の農地の4割はキャベツ栽培に充てられているそうです。実は、東京都の区部は、大消費地であると同時に、キャベツの安定供給を担う出荷地域のひとつなのだとか。

「東京都の区部でこのような出荷地域に指定されている野菜はキャベツだけ。だからキャベツの生産仲間を減らしてはいけない。その思いは広く伝えていきたいと思います」
と、家業だけでなく『東京のキャベツ』を守り伝承する思いを熱く語ってくださいました。


※後編では都市部における農業の変化を見続けてきた井口さんに、都市農業について伺っていきます。




文:野菜ソムリエ 原神千枝
写真撮影:原神千枝