野菜人・果物人
野菜人・果物人第78回前編 紙 英三郎・愛さん(無農薬・無化学肥料の種の店「たねの森」経営)

第78回前編 紙 英三郎・愛さん(無農薬・無化学肥料の種の店「たねの森」経営)

自給自足の農的暮らしとともに、小さな種へ想いを懸けて

●モザンビークで見た「大地に根差した暮らし」それが原点に


『たねの森』 紙英三郎さん、愛さん

ご職業 無農薬・無化学肥料の種の店「たねの森」経営
座右の銘 「Be the CHANGE you want to see in the world」
(あなた自身が、この世で見たいと思う変化にならなくてはいけない)

 助手席に、8ヶ月になる愛娘を乗せ駅まで迎えに来てくれたのは、『たねの森』の代表・紙英三郎さん。優しい人柄そのものを表すような深い笑いじわも、お子さんの隣ではより深く刻まれるよう。自宅で迎えてくれた奥さんの愛さんも、自然の力を全身に取り込んだような大らかで芯の強さを感じる笑顔が印象的です。

埼玉県日高市。平屋建ての一軒家の庭には、二人が作った手作りの石釜。「家の前と裏には、近所の方からお借りした農園や棚田の田んぼ、歩いてすぐの清流川沿いには果樹園も」といった自給自足の農的な暮らしの中、日本で初めて、そして日本で唯一、無農薬・無化学肥料の種を専門に扱う種屋さんが、紙さんご夫婦です。



「良い芽がたくさん育ちますように」と名づけられた、『出多良芽農園』

「『種』というものに辿り着いた、ターニングポイントがあるとするなら」と、二人が振り返るのは学生時代のこと。アフリカ・モザンビークでの支援活動を体験した日々で、「本当の豊かさとは何か?」と自分と向き合った時間だと言います。

「1日1ドルのお金がない日常でも、彼らは明るく笑い、そして助け合っていた。食べる物がなければある人が分かち合う、彼らのそんな姿を心の底から豊かだと感じました。経済性の中で生きている私達は、お金がなくなった瞬間、何もできなくなる。彼らのようなもっと"大地に根差した暮らし"がしたい、そう思うようになりました」。



●日本初のオーガニックの種屋が、小さく誕生


なんともユニーク!円形に渦を巻いた畑に少量多品種の野菜を育てています。

種はどれでも1袋300円。パッケージも自らデザインするとか。

こちらは「花おくら」の種。畑には珍しい野菜とその種があちこちに。

「大地に根差した暮らし」。モザンビークでの経験を経て自給的な農業生活を目指す中、二人にとって見えてきたもの、それが「種」でした。

「生きていく上で必要不可欠な食糧、その原点は小さな種の粒なんですよね」。

その後、英三郎さんは、主に伝統種を扱う種苗会社に2年間勤務。一から種について学ぶ中、オーガニックの種へと目を向けるようになっていきます。出会いは、ある化学物質過敏症の症状を持つお客様。

「有機野菜を食べているけれど、それでも症状が出てしまう。野菜は有機でも、種自体に残る農薬や肥料が影響しているのではないか、そう話されていたんです」。

それ以降、英三郎さんはオーガニックの種についてあれこれ調べる日々を送るように。その結果、

「分かったのは、日本にはオーガニック種の種屋がないということ。だったら、自分達がまずは輸入してみるところから始めようとなったんです」。

こうして始まった『たねの森』の第一歩。それは、アメリカから輸入したラディッシュ・インゲン・ハーブなど30種類のオーガニック種子を、小さなイベントで販売することからでした。
それから7年、今では扱う種子は140種類。お客様名簿には全国から種を求める人の名前が記録されるようになりました。



●代々受け継がれる「固定種」、自家採種への想いも熱く


年間に育てる種は200種類以上。まずは自ら育て、味や育ち方などを確認します。


今年は、大粒の立派な豆が収穫できたという「なた豆」

 『たねの森』で扱う種は「オーガニックの種」であり、同時に「固定種」です。固定種とは、一般的に流通している「F1種」と呼ばれる「一代交配種」の種子ではなく、「自家採種」していける種子のこと。

「日本でも経済性優先の大量生産が広がるにつれ、その地域・家族で代々守り続けてきた種がどんどん廃れていっています。でも、自ら野菜を育て種を採る、そんな次に繋がっていく命を、自分は守っていきたいんです」。

現在、『たねの森』では自らの畑でも、比較的採種しやすい豆類やトマトの数種類を自家採種し販売しています。

「実は今、自家採種をもっと増やそうと、新たに畑を借りるために交渉中。自家採種するには、受粉環境が大きく関係してきますから、それ専用の畑が欲しかったんですよね」

というお話も。その予定地は、今ある畑の向こう側。英三郎さんの視線は、強くしっかりとその場へと向けられているようでした。



※<後編>では、「固定種を受け継いでいくために...」。『たねの森』の紙さんご夫婦が試みる、青空マーケットや種の交換会についてご紹介します。

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文・撮影:野菜ソムリエ 神林春美