野菜人・果物人
野菜人・果物人第76回前編 並里哲子さん((有)アセローラフレッシュ代表取締役) 

第76回前編 並里哲子さん((有)アセローラフレッシュ代表取締役) 

アセローラとの出会い、そして「本部の味」への歩み

●「沖縄の新しい産業に」とアセローラに着目した一人の青年との出会い


「収穫期の畑は一見の価値あり」という、並里哲子さん

ご職業 農業生産法人 有限会社アセローラフレッシュ
代表取締役
座右の銘 正直・あるがまま

 「ようこそいらっしゃいました!」― 鮮やかなアセローラカラーのポロシャツに負けない笑顔と丁寧な物腰で迎えてくださる並里哲子さん。新しい「本部(もとぶ)の味」として、アセローラに長年取り組み続けています。





(上)アセローラ畑全景。収穫期には真っ赤なアセローラの実が絶景を生む。(下)アセローラの木は、作業しやすい高さに揃えられている。

 沖縄県北部に位置する本部町は、古くは沖縄海洋博覧会開催地として、また近年では人気観光スポット「美ら海水族館」で県内外から多くの観光客が集まる、山海の自然が美しい町です。

 日本国内でアセローラが生産されていることはまだあまり知られていないと思いますが、この町とアセローラの出会いは実は意外と古く、戦後復興中の沖縄の地に適した農作物のひとつとしてハワイから3本の苗が持ち込まれたことに遡ります。

 しかし、他の農作物が沖縄県内に広がっていく中、アセローラはなかなか広がりを見せず、農業試験場で長年に渡りひっそりと息をひそめていました。そして月日が流れ、今から約20余年前、「これからの沖縄は熱帯果実の時代になる」と、眠っていたアセローラに着目した一人の青年。それが後の並里さんのご主人でした。学生時代にご主人に出会った並里さん。「デートはいつもアセローラのビニールハウス。今日はいくつ花が咲いたとか、そんなデータを取る毎日でした」と当時を懐かしみます。



●弱みを強みに ― 日々取り組んだ普及活動


一粒ずつ丁寧に収穫されたアセローラの実


アセローラ活用例:ピザ喫茶「花人逢」の生アセローラジュース

「沖縄の農業は台風と関係が深いのです。地形や土壌の水はけ・気温などは、沖縄はアセローラ栽培に適していましたが、根が横に張るため倒れやすく台風に弱かったですね」

と語る並里さん。その一方で、

「一般の作物は年1回の収穫なので一度台風の被害を受けたらその年の収入がゼロになることも少なくありません。でもアセローラは年に5回収穫できるので、リスクを分散できます」

と、長年の経験からアセローラの強みを発見。
他にも、「実が傷みやすく日持ちがしない」という弱点も、「だからこそ日数のかかる海外からの運搬が困難。国内産の優位性があります」とアセローラが抱える弱点を、ご主人とともに前向きな視点で強みに変えてきました。

 そして、「アセローラで町おこしがしたい」という強い思いのもと、栽培普及のため、本部町内の農家を1軒1軒回り、栽培農家拡大に努めてきました。



●地元特産品を支える地元の人々の手


町内のアセローラの多くは並里さんの作業所で商品化される

本部町の特産品としてお土産コーナーにも多数並ぶアセローラ商品

 そんな並里さん自身は、農業を営んではいません。アセローラの普及に尽力したご主人の傍らで、子育てをしながらその活動のサポートを続けてきました。

 その中で、「アセローラを栽培してくれる農家さんは増えた。でもその先の流通・商品化を担うしくみがない」と感じた並里さんは、農業生産法人(有)アセローラフレッシュを立ち上げ、栽培指導・流通および商品化機能・販売・広報など幅広い役割を担い始めました。

「実家もレストランを営んでいたので、食べ物づくりは苦になりません。主婦目線で取り組めました」

と、アセローラ普及に邁進し、現在も生産農家を増やしています。そして取扱量も増す中、商品加工の作業には近所の主婦の方を順番にスタッフに採用するなど、地元の雇用も創出しています。

 「アセローラは他の農作物より比較的軽労働なんです。と、言っても本部のアセローラは一粒一粒手摘みという根気のいる作業。女性に向いているのかもしれませんね。だからご夫婦2人で生産しているというケースが多いのも特徴ですね」

と言う並里さん。さらには、「ゆっくりマイペースにできるので、年金+αという感覚で取り組まれている高齢者の方も多いです」と言います。

 ご夫婦二人三脚でアセローラ普及に取り組まれてきた並里さんにとって、地元の皆さんが生き生き働く姿は何よりうれしい光景なのかもしれません。



※<後編>では、「アセローラの日」制定など年々盛り上がりを見せる様子と、本部町のアセローラの魅力にぐっと迫ります。






文・撮影:ジュニア野菜ソムリエ 原神 千枝