「和食ではんなり」by和食マイスター養成講座

2014年5月16日

かすてらと金平糖

今年「桜」の時期にポルトガルへ行ってきました。
あちらでは「藤の花」がきれいでした。

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日本が初めて接したヨーロッパの国ポルトガルは
東と北はスペインと接し、
西と南は大西洋に面した国で
ヨーロッパ大陸最西端の地(ロカ岬)があります。

国土は日本の約4分の1という小国ですが、
海の幸に恵まれているので
料理の素材に魚介類が多く使われ
日本人と同じく
イワシやタコを好んで食べるという食文化があります。

ポルトガル人が日本に初めてやってきたといわれるのは1543年
大航海時代のポルトガル船が種子島に漂着し、
鉄砲(火縄銃)の技術が伝わります。

6年後には
イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが
鹿児島に来て、キリスト教の布教活動を始めます。

織田信長や豊臣秀吉の後押しもあり南蛮貿易が始まり
ポルトガルからは鉄砲・火薬・中国の生糸など
日本からは金・銀・刀剣などが取引されました。

西国大名が南蛮貿易で財力を増し、
カトリックに改宗したキリシタン大名が出現するようになると
危機感を抱いた江戸幕府により鎖国政策が取られ
1639年ポルトガル船の入港は禁じられました。

ボタン・コップ・シャボン・タバコ
パン・テンプラ・コンペイトウ・ボーロ・ヒリョウズ(がんもどき)など
ポルトガル語から転じて日本語になったものは非常に多いです。

フランシスコ・ザビエルの日本上陸以来
砂糖や卵を用いたカステラ・カラメルなどが
長崎を中心に全国に伝わっています。

その理由としては
ポルトガルの世界遺産には修道院が多く
修道院ではアイロンかけの必需品(糊の代わり?)であった卵白。
大量に残った黄身の利用法がお菓子という形になったそうです。

エッグタルトの元祖と言われる専門店は
リスボンのジェロニモス修道院の近くにあります。
外はサクサク、黄身部分は半生で美味。

各地で黄身使いのお菓子が登場するのですが
共通点はポルトガル語で覚えられない、
日持ちしない、柔らかく持ち運びできないこと。

アヴェイロの名産「オーボス・モーレス」は
日本的言い方をすると「黄身餡最中」
こちらは砂糖をたっぷり使っているので
2週間ほどの日持ちと言うことで箱入りを購入。
海を越えて持ち帰ってきました。

コインブラで購入したコンペイトウ(オリジナル)は
日本のものより粒が小さく角(つの)がありません。

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「オーボス・モーレスと金平糖」

かすてら
(スペインの地方名カスティーリヤのポルトガル語発音からカステーラと命名)
ポルトガルから伝わったものが日本で独自に発展した和菓子で
長崎での元祖は「福砂屋」(1624年創業)。
正方形または長方形の大きな型に流し込んで
オーブンで焼き棹型に切ってあるが、
原型とされる菓子は円型で
日本のシフォンケーキを想像するとピッタリ!

リスボン空港は広くて立派ですが
日本からの直行便はなく、
何処かで乗り継ぎしなければなりません。
今回はトルコ航空イスタンブール乗り継ぎでのツアーでしたが
トルコと比べるとポルトガルは商売下手!?
それだけのんびり・安心して旅を楽しむことができます。

飲めない私には関係ないのですが
「ワイン好き」にはたまらない国!
ポートワインの価格は日本の約8分の1とか。

一度訪ねてみてはいかがでしょうか?


ジュニア和食マイスター
野菜ソムリエ
江戸東京野菜コンシェルジュ
鈴木規世枝

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和食マイスター養成講座
http://washoku-m.jp/
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