野菜ソムリエの思ひ出の味
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父からのお土産、上野アメ横のバナナ

野菜ソムリエ中村陵子さんの思ひ出の味

 学校から帰ると、大きな箱がテーブルに置いてあった。箱の中身は、なんとバナナだ。40数年前、昭和の時代の話である。当時、バナナといえばまだまだ珍しい果物。お盆に仏様にお供えした後や、運動会など、特別な日でないと食べられないデザートだった。そんな貴重なバナナが、箱の中に4房ほども入っていたのだ。
 たぶん、父の東京土産だろう。家には誰もいなかった。迷ったあげく誘惑に負け、1本だけのつもりで食べた。とろりと甘く香り高い。ひとりで秘密裏に食べたという魅惑の味も加わったためだろうか。それまで食べたことのあるバナナとは別格の味わいだった。あまりのおいしさに、さらに2本食べてしまった。3本消えたくらいでは姿に影響がない程の山盛り具合。先に食べたことは知られず、叱られることはなかった。
428_memory.jpg  夕食時、家族皆でバナナを食べながら、父の土産話を聞いた。上野のアメ横で「バナナのたたき売り」のおじさんと駆け引きをして購入したのだそうだ。「1本食べると元気になる、今買わないと損だよー」といったテンポのよい口上を、身振り手振りを加えながら、父は楽しそうに話していた。それまで、既に値段が決まっている商品しか購入したことのなかった私には、お客様とのやりとりで値段が決まることが不思議でならなかった。その後「バナナのたたき売り」をテレビで見たが、売る人も買う人も笑顔だったことを、これまた不思議に思ったものだった。

 私が野菜ソムリエの資格に興味を持ったのは、地元の公民館で食育担当となった時のこと。生産者の方が一生懸命野菜を育てていることを知り、その野菜の魅力を伝えたいという気持ちからだった。思えば、バナナのたたき売りのおじさんの「興味をひいて、購入していただく」という方法は、試食販売の原点ではないだろうか。生活者の食卓が楽しくなるような魅力的な会話を、自分も野菜ソムリエとしてできるようになりたいと思う。

 昔と違って、バナナは身近な存在となった。子どものバスケットの試合には、差し入れとしてもよく登場していた。ジュニア・アスリートフードマイスターの受講で、別の側面からの魅力も実感し、さらにバナナが好きになった。とはいえ、あの日こっそり食べた父のお土産バナナに勝る味わいには、もうめぐり会えないのではないだろうか。

中村陵子さんのプロフィール
青森県在住。アクティブ野菜ソムリエ、ジュニア・アスリートフードマイスター。「十和田の野菜や果物をおいしく食べて『健康』になろう」をモットーに活動。毎月開催している野菜教室、小・中学校の食育教室、地元新聞や広報誌、イベント参加などを通して、地元のおいしい野菜の紹介や食べ方提案をしている。
取材 / 文:野菜ソムリエ / ベジフルビューティーアドバイザー タナカトウコ